ゴールデンルールとは何か

ゲーマーズ・フィールド』誌16th Season Vol.2所収、久保田悠羅/司馬炳介「エリンディル・ステーション」(p.66~67)で、FEAR社製RPGにおける「ゴールデンルール」の定義が示されました。

ゴールデンルールとは"金科玉条"―つまり、もっとも大切で守らなければならない重要な規則のことです。(上掲書p.66)

このようなFEAR型「ゴールデンルール」の定義は、しかしながら本来の「ゴールデンルール」とは異なります。知っておいて損は無いので、以下に本家「ゴールデンルール」の定義を明示しておくこととします。

そもそも「ゴールデンルール」(The Golden Rule)とは、キリスト教における次の教えのことです。

だから、何事にもよらず自分にしてもらいたいと思うことを、あなた達もそのように人にしなさい。これが律法と預言書と(聖書)の精神である。(岩波文庫版『新約聖書 福音書』p.87、マタイ7.12)

あなた達は自分にしてもらいたいと思うとおり、人にしなさい。(同書p.194、ルカ6.31)

『新約聖書』の上記文言が「ゴールデンルール」と名付けられたのは、それがキリスト教において「最も大切で守らなければならない重要な規則」だからではありません。古代ローマ帝国のアレクサンデル・セウェルス帝(在位222~235年)がこの教えを重視し、宮殿の壁などに金文字で彫り込ませたため、おそらくは「金文字で書かれた律法」と呼ばれたのです。英語では「The Golden Rule」、ドイツ語では「Die Goldene Regel」、ラテン語では「Regula Aurea」、和訳は「黄金律」となります。

このような教えは、キリスト教に限らず、様々な宗教や哲学などにも見られます。このため「普遍的な真理」という意味合いを持つようになり、ビジネスや紅茶の入れ方などについても「ゴールデンルール」が語られるようになった、と考えられます。こちらは英語では「The Golden Rule」ではなく、「A Golden Rule」「Golden Rules」となります。中国古典に出典のある「金科玉条」の英訳も、「A Golde Rule」です。

ちなみに、「自分がしてもらいたいことを他人にしろ」を反転させた形(Negative Form)にした「自分がしてもらいたくないことを他人にするな」を、「シルバールール」(The Silver Rule)として区別する場合もあるようです。区別しない方が一般的なようですが。

以下、辞書における定義を挙げておきます。

Golden Rule
(theを冠して)黄金律。キリストの山上の説教中の一説"Whatsoever ye would that men should do to you, do ye even so unto them."何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ(『聖書』マタイ7:12)。通例"Do unto others as you would have them do unto you."と簡約される。(小学館『ランダムハウス英和大辞典』第一版)
黄金律 (The Golden Rule)
golden ruleの訳語。新約聖書にあるイエスの山上の垂訓の一節「すべて人にせられんと思うことは人にもまたそのごとくせよ」を指す。(三省堂『新明解国語辞典』第七版)
金科玉条 (A Golden Rule)
もと、拠るべき貴重な法律の意。それを守ることによって、だれに対しても自分の立場を正当化することが出来る、強いよりどころ。視野が狭く、自由な思考が出来ない人の言行を、軽く揶揄する意にも用いられる。(三省堂『新明解国語辞典』第七版)

さて、ここでFEAR型「ゴールデンルール」に戻りまして。

実のところ私が心配していたのは、FEAR型「ゴールデンルール」が卓上RPGの「黄金律」として、つまり「あらゆるゲームシステムに普遍的な遊び方」である、と勘違いされることでした。「極端なゲームマスター主導」と「ゲームデザイナー主導」とは、「楽しい遊び方の一種」ではあっても、決して「唯一の遊び方」にはなりえません。

幸い、FEAR社自らが冒頭の記事にて、私の懸念を払拭してくれました。それはあくまでも「金科玉条」であって、それをカタカナ語にするために英訳(A Golden Rule)を用いただけ、ということなのでしょう。願わくば、今後出版されるFEAR社製RPGのルールブックには、先の定義が明示されんことを。

以下は余談。言葉遊びをお許しいただいて。

FEAR型「ゴールデンルール」も、限定された範囲であれば、「普遍的な遊び方」たりえます。即ち「FEAR社がデザインした、あるいは他社がそれに倣ってデザインした、ゲームデザイナー主導と極端なゲームマスター主導とで遊ぶことを想定したゲームシステム」の中であれば。こういうゲームシステムを、仮に「FEARゲー」と呼びましょう。

FEARゲー」は、端からFEAR型「ゴールデンルール」で遊ばれることを想定してデザインされているので、もちろんそのように遊ばれるべきです。それ以外の「遊び方」でも楽しめるかも知れませんが、面白さを減じてしまう危険も少なくないでしょう。新しい遊び方を試してみる、あえて冒険してみるのも、趣味の楽しみ方ではありますが。

「FEARゲー」以外のゲームシステムであれば、やはりそこに示された「遊び方」で遊ぶのが無難です。例えば、『ソードワールド2.0』の「最初の憶える大切なルール」(ルールブックⅠ、p.17~18 )、『深淵 第二版』の「ガイドライン」(p.14~15)などは、FEAR型「ゴールデンルール」に触発されて、それとは異なる遊び方を示したものでしょう。

もし、何ら示されていなければ。それでもリプレイが発表されていれば、リプレイ内の記述をひたすら真似るのも良いでしょう。「(笑)」が多ければ、とにかく笑い続ける、とか。リプレイも無ければ、自分の頭で考えるしかありません。ルールブックから自分で遊び方を引き出していく、その悦びを知らないのは勿体無いですよ。

なお、冒頭の記事は、その全文を分析すると興味深いところがありますので、別途記すかも知れません。気が、向いたら。