主に紙魚砂さんの「シーンのアクセス構造(1)」「同(2)」「同(3)」に触発されて、時間と空間との処理方法についてまとめます。これらを知っているか否かは、「シーン」の考察に影響するのではないか、と思いましたので。
卓上RPGにおいて、ゲーム内の時間と空間とを扱うために、二つの処理方法があります。そのひとつ「単位による処理」は、時間や距離などを計測しながらゲームプレイを進める方法。もうひとつ「場面による処理」は、より大雑把な「場面」として示す方法です。
- 「単位による処理」
- 「場面による処理」
主に紙魚砂さんの「シーンのアクセス構造(1)」「同(2)」「同(3)」に触発されて、時間と空間との処理方法についてまとめます。これらを知っているか否かは、「シーン」の考察に影響するのではないか、と思いましたので。
卓上RPGにおいて、ゲーム内の時間と空間とを扱うために、二つの処理方法があります。そのひとつ「単位による処理」は、時間や距離などを計測しながらゲームプレイを進める方法。もうひとつ「場面による処理」は、より大雑把な「場面」として示す方法です。
平成二十二年庚寅の新春に当たり、新年の御慶びを申し上げます。本年も宜しくお願いいたします。
...今年は昨年のような長期休止はしないように心掛けます、というのが、まず志の低い抱負。
かなり久しぶりの近況です。前回の記事公開が9月9日でしたから、かれこれ四ヶ月近く経ってます。
「プレイヤーの中のメタ」の5番目(最後)は、卓上RPGを自分用の、一人用ゲームとして遊ぶ場合。他の四種との違いは、ゲーム参加者を「自分」と「自分以外」とに分ける点です。
コンベンションに単身参加、ゲームプレイが終わるまで赤の他人と過ごし、終われば別れる。仲間意識を持つでなく、一緒に何かを目指すでもない。このように遊ぶなら、複数人で遊ぶ卓上RPGも、一人用ゲームと変わりません。他の参加者は、自分が楽しむための道具として必要なのです。コンピュータゲームを遊ぶためのコンピュータのように。
このようなプレイヤー(ゲームマスター)の内面には、次のような階層構造があります。
「プレイヤーの中のメタ」の4番目は、卓上RPGで小説や映画のような物語を作る場合。「理想のゲームを遊ぶメタ」の一例です。
卓上RPGはストーリーを作るゲームであるから、ゲームプレイの展開が小説や映画のようになるのが理想である。このような「理想のゲーム」像を背景に、その実現を目指して皆で協力していきます。
この場合、次のような階層構造が成立します。
「プレイヤーの中のメタ」の3番目は、理想的なゲームプレイを目指す場合。
卓上RPGを遊ぶからには、その最高のゲームプレイを味わいたい。そう思うのは、ごく自然な欲求です。ただ漫然と遊ぶのではなく、理想に近づけるように努力しよう、協力し合おう。そのような意志を、皆で共有するところにも悦びを感じるのです。甲子園を目指す野球部のように。
このようなプレイヤーが内包するのは、次のような階層構造です。
「プレイヤーの中のメタ」の2番目は、同じゲームを趣味とする仲間同士で遊ぶ場合。
たとえ初対面であっても、同じ趣味を持つ者同士と分かっていれば、友人のような関係を結ぶことが可能です。野球好き同士が野球で、釣り好き同士が釣りで盛り上がるように、卓上RPG好き同士は卓上RPGで意気投合できます。できない人もいますが。
このようなプレイヤーの階層構造は、次の通り。基本的には、「友人」と同じです。
「プレイヤーの中のメタ」の1番目は、ゲーム以前からの友人同士で遊ぶ場合。
元々の友人同士が、ある時卓上RPGを持ち込んで、皆で遊んでみることにした。このようにしてゲームプレイを始める事例は、RPG黎明期では多くがそうでしたし、今でも少なからずあることでしょう。卓上RPGへの、最も原始的な参加形態と言えます。
このようなプレイヤー(ゲームマスターを含む)には、次のような階層構造が成立します。
ここまでは「キャラクターの中のメタ」として、「冒険者/探索者」「リアルなキャラ」「キャスト」といった階層構造について述べてきました。ここからは、それらの上位にある「プレイヤー階層」(プレイヤーとゲームマスター)内部の階層構造について考えてまいります。
「キャラクターの中のメタ」に対して、プレイヤーは更にメタな位置から、それらを俯瞰/解釈/評価し、干渉します。例えば「冒険者」であれば、キャラクターの作成や行動に次のように働きかけていきます。