クトゥルフの呼び声における霊能力 (1997年執筆)

本論考は、1997年12月31日に発表されたものです。文中の趣旨が、現在の筆者の考察とは異なる場合もありますので、ご注意願います。

John H. Crowe,III, "Coming Full Circle", Pagan Publishing 1995 (160頁 $17.95) p.12~13所収追加ルールの紹介

はじめに

"Coming Full Circle"は、「クトゥルフの呼び声」RPG(以下CoC)のNon-Mythos(非神話:クトゥルフ神話を使わないホラー)版キャンペーン・シナリオ集です。

1929年から39年にかけて4本のシナリオを行うのですが、この本の最も注目すべき点は、プレイヤー用キャラクター(Investigator;探索者)の特殊能力として"The Gift"すなわち霊能力の追加ルールを導入していることです。

霊能力・超能力を使う主人公がクトゥルフ神話に立ち向かう、というストーリーラインは、クトゥルフ神話を題材にした一部の小説や漫画などにも見られました。また同人誌等で同様のサプリメントの刊行があることも存じております。しかし、殊にCoCの出版元ケイオシアム社(Chaosium Inc.)の数多くの作品においてそのような設定が使われることはありませんでした。Pagan Publishing(異端出版)社という、ケイオシアム社に次ぐCoC関係作品の出版元として名高い会社が、このようなルールを出版したことは意義のあることだと思います。

またCoCに霊能力・超能力を導入することの問題点として、そのことがコズミック・ホラーの魅力を損なうのではないか、という懸念があります。しかしここで紹介する「霊能力」は、Non-Mythos用とはいえ、クトゥルフ神話を用いたシナリオに導入してもホラー性を損なう恐れのほとんどない(色々な意味で)バランスの良いものとなっています。

残念なことにPagan Publishing社の作品は我が国ではいまだ一冊も発表されていませんが、この野心的な会社の実験的・挑戦的な作品の一部をここに紹介します。

The Giftの紹介

この追加ルールは、長さとしては2頁足らずという短いものです。

(能力の概略)

"The Gift"は七種類の能力から成っています。各能力の概略とMP(Magic Point)消費量などについて以下に記します。

クレアヴォヤンス Clairvoyance
コスト20、基本成功率POW×1
遠く離れた場所を"見る"能力。稀に過去の出来事を見る場合もある。その映像は不鮮明であり、しばしば読み違えることがある。本来は能動的に使おうとしなければ発動しない能力だが、強力な想念などを察知して受動的に働く場合もある。1分使用毎に1MP(Magic Point)を消費。
レヴィテーション Levitation
コスト50、基本成功率POW×1/2
自分の体を宙に浮かす能力。深い瞑想状態に入った後、垂直方向にのみ、ゆっくりと動くことができる。浮くのに3MP、その後1ラウンド毎に1MPを消費。
サイキックヒーリング Psychic Healing
コスト20、基本成功率POW×1
病気や負傷を癒す能力。数分から1時間程度の接触が必要。苦痛を取り除き、失血によるショック状態やトラウマへの抵抗をも助けるが、銃弾による負傷や致命傷は癒すことができない。消費MPはキーパーが任意に決める、とある(がその目安の記述は無い)。
サイコメトリー Psychometry
コスト20、基本成功率POW×1
場所や建物、物品に込められた強い感情を読み取る能力。1分使用毎に1MP消費。次のセカンドサイトと組み合わせることもできる。
セカンドサイト Second Sight
コスト20、基本成功率POW×1
霊界など、現実世界の外にある場所を見る能力。これによって幽霊や精霊、あるいは魔物など、常人には見えないものを見ることが可能となる。"目星(Spot Hidden;隠されたものを見つける)"技能との併用が適当。見えたものによってはSAN(正気度)判定が必要だが、"異界の出来事"という認識がSANの消耗を軽減する傾向にある。1分使用毎に1MP消費。
テレキネシス Telekinesis
コスト35、基本成功率POW×1/2
精神力で物品を動かす能力。有効射程距離は、能力者のPOW5ポイントに付き1フィート(約30cm)。1MPの消費に付き、1ポンド(約453.6g)の物品を転がすか、1オンス(約28.4g)の物品を宙に浮かし動かすことが出来る。このMPの消費は毎ラウンド行われるため、ひどく疲れやすい能力となっている。
テレパシー Telepathy
コスト40、基本成功率POW×1
距離に関わらず意志の疎通を行う能力。1ラウンド使用毎に1MP消費。距離によるMP消費(10マイルにつき1MP)はオプションとされている。寝ている相手へのテレパシーは容易なため、MP消費が半分になるが、単なる夢と思われる恐れがある。また、相手が親友・近親者・配偶者の場合は半分のMP消費、友人・親類の場合は通常通り、知人なら倍、赤の他人は3~4倍のMP消費となる。テレパシー能力者同士なら1/4のMP消費で済むが、そのようなことは稀である。

(推奨)

このキャンペーンシナリオでは、以上の七種類の能力の内、クレアヴォヤンス、サイキックヒーリング、サイコメトリー、セカンドサイトの四つをプレイヤーに推奨するよう指示されています。

(取得)

各能力の取得は、次の手順で行われます。

  1. 幸運度Luckと同値(要するにPOW×5)の"サイキックポイント"を持っているものとする。
  2. 各能力毎に設定されているコスト(cost)分のポイントを払うことで、その能力が基本成功率(Base rating)で取得できる。(例:クレアヴォヤンスは20ポイント払うことで、(POW×1)%で取得できる。)
  3. 取得後、更にサイキックポイントを費やすことで、成功率を上げることができる。(60%までなら1%につき1ポイント、60~80なら2ポイント、80以上は3ポイント)

以上の手順で消費しなかった余りのサイキックポイントはすべて破棄されます。

(成長)

霊能力は、通常の技能と同じ手順で成長させることができます。

The Giftの評価

この追加ルールに見られる霊能力は、非常にCoCに適していると私は思います。その根拠は次の二点です。

  1. 戦闘などにおける強さのバランスを崩さない。
    上記の能力の内、物理的効果を及ぼすものが幾つかありますが、それらがキャラクターの強さを変えることはありません。"超能力で魔物を倒す"ようなことはできないわけです。
    概略やMP消費から分かるように、レヴィテーションとテレキネシスは当時の"霊能者"を表現する他には、ほとんど役に立ちません。せいぜい他の人に見せて驚かせるのが関の山でしょう。またサイキックヒーリングは役に立ちますが、銃弾による傷が治せないことなど、実際の戦闘の危険や恐ろしさを軽減させるには至っていません。
  2. 霊能力を持つことが危険を上昇させる。
    情報収集に使える霊能力、特にクレアヴォヤンスやセカンドサイトの使用は、その能力者に生命と精神の危機を与えます。要するに、見なくても良いものを見てしまうわけで、そのキャラクターのSAN判定の機会が増加するのです。
    またクトゥルフ神話では、「異界の生物は彼らを見た人間を見ることができる」また「見た人間には物理的に干渉することができる」という法則が適用されることを忘れてはなりません。とかく、多くを知ることが優遇されないのがCoCです。

クトゥルフ神話への霊能力・超能力の導入が有する問題は、「強さのバランスを崩す恐れ」「情報収集が容易になりすぎてしまう恐れ」「ホラーの雰囲気を壊す=恐怖感を軽減させる恐れ」の三つであろうと考えます。しかし、これらはこの追加ルールにおいては解決されています。

ホラー性を損なうどころか、逆にある面では深めつつ、また当時の欧米で流行ったオカルトの雰囲気を本格的に導入し、さらにプレイに新しさを導入する優れた追加ルールとなっているわけです。

シナリオ集"Coming Full Circle"は、この2頁のためだけでも買って損の無い本であって、すべてのCoC愛好家にお勧めいたします。

追記1:使用例(私の場合)

私はこの追加ルールを現代日本を舞台にした自作のショートキャンペーンに導入したことがあります。職業に関わらず取れることにしたのですが、4人のプレイヤーの内2人が取得したに留まりました。概略を説明しただけで本質を理解し、自分のキャラクターに向いていない、必要ないと思った者は取らなかったのです。「取っても取らなくても良い特殊能力」「使えてもあまり嬉しくない超能力」というのは珍しいものだと思いました。

なお、正式ルールではあまりにPOWに依りすぎていると感じたので、私のキャンペーンではサイキックポイントの算出法を、POW×5ではなく(100-能力値の合計)+(POW×3)(能力値合計が100以上の者は取得不可)としました。特にお勧めはしませんが、参考までに記しておきます。

追記2:追加技能

同書には、上記の霊能力の他、オカルトに関する4つの追加技能が挙げられています。それらは、「占星術(Astrology)」「占い(Divination)」「ダウジング(Dowsing)」「降霊術(Seance)」です。どれも、たっぷりの雰囲気と、そこそこの実用性とをプレイに与えてくれます。またこの内「降霊術」は、無害な霊が降りてくるとは限らない、としてSANの消耗に関する記述があるという親切かつ危険な技能となっています。

追記3:Pagan Publishingという会社

先にも書きましたが、この会社は、アメリカにおけるCoC関係出版においてケイオシアム社に次ぐ出版元であると言って間違いないと、私は判断しています。ある意味オーソドックスなケイオシアム社に対して、斬新で実験的な出版物が多く見受けられるのが特徴です。

同社の最近の出版物の中で特に評価の高いものの一つが、1990年代用サプリメント"デルタグリーン(Delta Green)"です。これはアメリカ合衆国が隠密裏に組織した対「クトゥルフ神話」機構デルタグリーンを主題としたもので、PCはその組織の一員となって人類の危機に立ち向かいます。他の組織(Majestic12など)に関する記述も多く、機会があったら紹介したいと考えています。

もしこの会社の作品を入手する機会のある方は、私に知る限りハズレはないので、購入することをお勧めします。