卓上RPGの「遊び方」、その理論と実践 (2003年執筆)

本論考は、2003年6月8日に発表されたものです。文中の趣旨が、現在の筆者の考察とは異なる場合もありますので、ご注意願います。

卓上RPGの「遊び方」を考える:序説

はじめに

ほぼ一年振りの論考である。以前から書きたかったことと、ここしばらく注力していたRPG日本交流会から得られた経験などから、卓上RPGの「遊び方」というものについて考えてみるべきだと判断した。今後この題材について考察し、また実践にも結びつけていきたい。

要約

  1. 卓上RPGには多種多様な「遊び方」がある。
  2. ひとつの「遊び方」に拘ることは弊害を生む。
  3. 考察により様々な「遊び方」を認識することが重要である。

卓上RPGにおける「遊び方」

卓上RPGには多種多様な「遊び方」(より概念的に言うなら「遊戯法」)がある。「遊び方」とは、ルールシステムや世界設定を用いて楽しむための基本となる概念である。いわゆる「卓上RPG論」の少なからぬものは、究極的にはこの「遊び方」を探るためのものと言ってよい。

「遊び方」は、ルールシステムや世界設定などと関連はあるものの、それらから独立して存在する。つまり、同じルールや世界にも異なる「遊び方」があり、また異なるルールや世界で同じ「遊び方」を用いることもできる。

ルールシステムや世界設定と同じように、「遊び方」は遊び手の好き嫌いの対象となる。好きな「ルール」と好きな「世界」を、好きな「遊び方」で遊ぶのが理想の姿である。

「遊び方」の理論と実践

「遊び方」には「理論部分」と「実践部分」とがある。

「理論部分」は、「どのような楽しみを得るか」という「遊び方」の目的/目標である。またそれを目指すための各論をも含む。そして「実践部分」には、「遊び方」の目的/目標を達成するためのあらゆる工夫が含まれる。参加者の認識統一に始まり、事前に交換すべき情報、参加者の座り方、有効な話し方など、多岐にわたる。

両部分は互いに補完関係にある。実践を想定しえない理論は無意味である。ただし実践の成功には常に想像以上の努力と工夫が要求されることも忘れてはならない。また、理論の無い実践はありえない。理論認識の無いままの実践も可能ではあるが、弊害(後述)も起こりうるので注意が必要である。

「遊び方」の提示例として、「理論部分を示すことでその実践を促す」というものがある。馬場秀和氏の論考(馬場式遊戯法)はこの一例である。また、「実践部分をルールという形で提供する」方法論は、FEAR社のゲームシステムなどに見られる(FEAR式遊戯法)。

しかしながら、「理論部分と実践部分とを併記する< /b>」のが最も有用である、と私は考える。遊び手は両部分を関連付けて認識することで、自分にとっての「正しい遊び方」「最善の遊び方」を選択することができるからである。

弊害例1:自覚なき理論

「理論は無意味」「実践第一」などと言って考察を怠ることが、弊害を生むことがある。それは自覚していない理論への盲信 /盲従である。

その手順や技術が何の目的のためのものかが分からないと、それらの実践自体が目的となってしまう。そして、相手や状況による使い分けもできないため、特定の「遊び方」を他に強要したり、他の「遊び方」を認めないなどの狭量に陥る恐れがある。

対処法は、自ら考察を行うことである。「自分の実践している行為によって得られる楽しみは何か」、自分の好みに関わらず「他の楽しみ方はあるだろうか」と冷静に自問自答、あるいは他の者と意見交換を行うと良いだろう。

弊害例2:遊び方の独占

特定のルールシステムや世界設定によって「遊び方」を限定することも別の弊害を生む。

各々が好みの対象であるから、どれかひとつが嫌いになった場合、そのゲームそのものから離れてしまうのである。ゲームによって向いている「遊び方」と向いていないそれとがあるが、ただひとつの「遊び方」しか許容できないゲームがあるとは考え難い。紹介者の好みと合わなかったために、それで楽しむ機会を失うのは大変な損失であろう。

私を含め、誰もが自分の好みの「遊び方」を推奨するが、それ以外の「遊び方」は無いか、常に検討し、意見交換を行うことが肝要である。

結論:選択肢としての「遊び方」

ひとつの「遊び方」には、それを選ぶか選ばないかの二択しかない。しかし多種多様な「遊び方」が示されたならば、それは遊び手が自由に選べる「選択肢」となる。

「どのような楽しみを得るか」「そのためには何が必要か」「どのような工夫をするのが良いか」など、「理論部分」と「実践部分」とを併記し、リスト化する。プレイの場を設ける際、個々の遊び手は自分の好みの「遊び方」を互いに示し、全員が納得できるひとつを選択すれば良いのである。

これにより、卓上RPGのプレイ環境をより良いものとすることができる、と私は考えるのである。

今後の計画

理想を言うならば、協力者を募って多種多様な「遊び方」を提示し合い、整理、公開することが最も良い。しかしながらすぐにそれができるとは思えない。

そこで、私の好みの「遊び方」を示すことから始めたい。次回(次々回)の論考で、その基本となる概念「イメージゲーム」と「プレイヤーの仕事」について各々述べる予定である。その上で幾つかのルールシステムや世界設定を選び、その「遊び方」について考えていきたい。

その傍ら、「遊び方」を考える上で問題となりうる事柄についての論考をも執筆していく考えである。対象として「時間管理」「セッション成功」「リプレイ」などを検討している。ひょっとしたら「FEAR 製RPG」の分析も差し挟むかもしれない。

各々につき、諸氏の忌憚ない意見をいただければ幸いである。