「デザイナーの意図」を信じるな

| 01 遊戯法 | トラックバック(0)

ルールブックから「遊戯法」を定める際の三つの注意点、その残る二つについて。

第二の注意点は、「デザイナーの意図」を信じるな、そういう概念を盲従するな、ということです。

デザイナーが某かの世界観をもって「ルールシステム」や「世界設定」を創っているのは確かですが、「シナリオをこういう展開にさせよう」とか「プレイヤーにこういうプレイをさせよう」とかの「意図」は必ずしも込めていません。込めているデザイナーもいるでしょうが、そうだとしても次のような難しさがあります。

1、どのルール/設定に「意図」が込められており、どれに込められていないかは分からない。

2、込められていたとして、その「意図」が正確に表現できているかは分からない。

3、表現できていても、その「意図」を正確に読み取れるかは分からない。

4、読み取れたとしても、それが面白いかどうか、好きになれるかは別問題。

上記のひとつでも違っていた場合、その「意図」はデザイナーのものではなく、読み手の恣意や願望がデザイナーの名によって権威付けされただけのものとなります。他の「意図」を読み取った者と出会えば、間違っているのはどちらかと争うことになりかねません。またそれがつまらなければ、権威付けされているほど、そのゲームシステム自体から遊ぶ者が離れていく、という結果に繋がります。それならば、端から考えない方がマシというものです。

つまりは単純に、読み手・遊び手の各々が「自分が面白いと思うもの」をやればよい、ということです。デザイナーの言いなりになるためにそのゲームを買ったわけではないのですから。

最後に第三の注意点は、「リプレイ」を信じるな、盲従するな、ということです。こちらの方が意外に思われるかも知れません。

「リプレイ」というのは結局、その参加者たちが自分たちなりの「遊戯法」に則って遊んだ、その記録に過ぎません。どれほど楽しそうに書かれていたとしても、「そのように遊べ」と示す教本では無いのです。リプレイから「遊戯法」を導き出すことも可能でしょうが、ゲームシステムから導き出そうとする時に囚われるようでは邪魔にしかなりません。

「リプレイの真似をしていれば安心」「リプレイ通りが正しい」という考え方は、しばしば「リプレイと違うものは間違っている」という閉鎖的・排他的な発想に繋がります。「遊戯法」に関係無くとも、危うい思想であることは間違いありません。

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