情報収集の「進化」

シナリオプレイにおいて、場所や物品の調査、文献の読解、NPCとの会話などを通して何らかの情報を得ようとすることを、総じて「情報収集」と呼びます。そのための行動の例は、こちらに挙げました。シナリオ形態によってはこれらが無い場合もありますが、プレイ中盤戦のほとんどをこれに費やすことも少なくありません。

「情報収集」の過程では、行動によって情報が得られ、また情報から次の行動が導き出される、という行動と情報の相互関係が見られます。しかしながらその相互関係の解釈には、次の二種があります。

ひとつは、「情報は、行動の結果である」という考え方です。まずキャラクターの行動があり、その結果として「正しい情報」や「間違った情報」が得られたり、どちらも得られなかったりする、というものです。正誤に関わらず、得られた情報から、あるいは「情報が得られなかったこと」から、どのような次の行動を導き出すかは、プレイヤー次第です。ゲームマスターも、PCに対するNPCの行動について同様に判断することがあります。

もうひとつは、「情報は、行動の手掛かりである」とする考え方です。シナリオ上「正しい行動」「取るべき行動」が決められており、それを示唆するために情報が与えられる、というものです。「正しい情報」が集まれば、自然と「正しい行動」が浮かび上がるはず、と考えるのです。浮かび上がらない限り、いつまでも情報を求め続けることになりがちです。「間違った情報」は混乱の原因となるため、それを正すための「正しい情報」無しには歓迎されません。

「情報収集」における「進化」は、前者から後者への推移による、と私は考えます。

  1. 「情報は、行動の結果である」という考え方で遊ばれていた段階(安定)
  2. 「情報は、行動の手掛かりである」という考え方で遊ばれるようになった段階(不安定)
  3. 「情報は、行動の手掛かりである」という考え方に合うようなゲームシステムが開発された段階(安定)

大抵のゲームシステムにおいて「情報収集」には行為判定ルールが適用されますので、その結果は成功と失敗とに分かれます。ゲームマスターとプレイヤーとのやり取りに、運も加わるため、情報を管理することは極めて困難です。その特性を素直に活かせば、「情報は、行動の結果である」というやり方に落ち着くこととなります。

それにも関わらず、「情報は、行動の手掛かりである」という方針には根強い人気がありました。情報を収集し、行動を推理し、そして決着をつける、という構図には明確な面白さがあり、達成感も大でした。その面白さを得るために、ゲームマスターによる「誘導」は、最も露骨なものさえも肯定されるようになりました。なおかつ、その露骨さを隠し、なおかつプレイヤーに誤解を与えないようなシナリオ構成力や話術など、ゲームマスターへの技術への要求と負担は格段に大きくなったのです。

この過程で(私が命名するところの)「プレイヤー無能説」も生まれました。プレイヤーには謎は解けない、プレイヤーは無能であると想定し、そのようなプレイヤーでも解けるようにシナリオは作られるべし、ゲームマスターは配慮すべし、という考え方です。一理ありますが、要はプレイヤーができない責任を全てゲームマスターに負わせるものでした。

このような状況から生まれ、ゲームシステムに組み込まれた解決策には、「オープニングフェイズ」と「リサーチフェイズ」における「シーン制」、「ハンドアウト」、「今回予告」(アクトトレーラー)などがあります。各々には他に異なった長所もありますが、共通する効果は、行為判定などを経ずに、プレイヤーに確実に情報を与えることです。これらによって、「情報は、行動の手掛かりである」という遊び方は、ようやく安定を得るに至ったのです。

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