2008年8月アーカイブ

今月の(15~25日の)ある時期から、今朝7時頃まで、当サイトの全ブログへの投稿ができない状態となっておりました。サーバー側の問題によるもので、現在は復旧しております。

トラックバック機能も正常に働いていなかったものと考えられますので、もしその期間にトラックバックをお送り下さった方がいらっしゃいましたら、トラックバックの再送信かメール、またはこちらへのコメントにてお知らせください。お詫び申し上げますと共に、内容に応じ早急に対応させていただきます。

今回は、カテゴリー「自由に遊ぶ 実践篇」で当初予定されていた、最後から二番目の論考。「自己管理」について語ります。

「自由に遊ぶゲームプレイ」におけるプレイヤーには、ダンジョンシナリオなのにダンジョンに入らない、謎解きなのに謎を解かない、といった「極端な自由」までも認められています。しかしながら実際の「自由に遊ぶゲームプレイ」では、プレイヤーがそのような「極端な自由」を行使することはほとんどありません。いわば「そこそこ自由なゲームプレイ」に収まるのです。

このような「そこそこ自由なゲームプレイ」は、参加者各々による「自己管理」によって成立します。

水無月冬弥さんからいただいたトラックバックへのお返事です。意見交換を楽しませていただき、感謝しております。

分かろうと努めながら「分からない」を連発せざるを得ないこと、お気の毒に思います。それでも、私が「分からせてあげる」のではなく、水無月さんが「分かる」かどうかなのですから、頑張ってください。アドバイスとして、水無月さんは諦めるのが早過ぎるようなので、もう少し粘って(数日間)考えると良いでしょう。もっとも、論考の背景に類似する経験が足りなければ、どうしても理解できないこともありますが。

さて、順番にお答えしてまいります。

遅くなりましたが、xenothさんからいただいたトラックバックに御礼申し上げ、それへのお返事を記します。

第一に、xenothさんが示された下記三段階は、私が考えるものと異なります。

「誘導」に引き続き今回は、やはり説明不足らしい「制限」について記します。

そもそも「制限」という語を用いたのは、「自由に遊ぶゲームプレイ」が「無制限な自由」を求めるものではないことを説明するためです。キャラクターの行動は、プレイヤーが自分で「自由に」考えて決めることができますが、ルールシステムや世界設定によって「制限」される、ということです。

玄兎さんからトラックバックをいただいてから、随分時間がたってしまいました。御礼とお詫びを申し上げます。取り合えずトラックバックをいただいた記事は次の通り。

上記二件の間にも、「自由」と「管理」について多くの記事を書いていただきました。網羅的にお返事を差し上げるには考察と執筆が追い付きませんので、重要と思われる論点についてのみ記すこととします。ここでは、自分の説明不足を痛感した「誘導」について。

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